我は神の子/「Prince」ナシーム・ハメド Vol.3

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続きを知らず書きながら熱くなってしまいました、このシリーズもいよいよ佳境・・・
ハメドVSケリーのフェザー級の夢の対決は出来過ぎた映画のようなドラマチックな展開を迎える。
素人の少年ポール・マリナッジの人生をも導いて・・・

ポール・マリナッジ

「その頃、ボクシングを習っていてプロでは1試合もしたことがありませんでした。電車、地下鉄を乗り継いて、グリーソンのジムに通っていました。週5日か6日、それが私の毎朝の日課でした。

その頃からハメドの名前を目にするようになっていきました。リングマガジンを買って熱心に読んでいました。丁度ハメドの波が来ていましたがアメリカで試合をした事はありませんでした。

ケビン・ケリーには会ったことがありました。グリーソンのジムで初めて出会ったビッグネームでした。自分の練習を終えてケリーの練習をみたのを覚えています。全てが素晴らしかったです。オーマイゴッド!ケビン・ケリーだ!「ヘイボーイ!」ケリーが私に気づいて声をかけてくれました。本当に感動しました。

ケリーが初めて出会った超一流ファイターであり私にとてもよくしてくれました。

私は文字通りアマチュアファイトの経験さえありませんでしたからその時から本気でトレーニングに励んだのです。そして、ハメドVSケリーが決まりました。毎日、ハメドのビッグキャンペーンが行われて街のどこを歩いてもハメドの宣伝を目にしない日はありませんでした。それはハメドのグローブから火が出ているポスターだったとおもいます。

ここはニューヨークなのにケビン・ケリーに対する愛情が少ないと感じました。同時にハメド、こいつは相当な大物なんだなと。」

ハメドは確かに大物だった。試合を直前に控え、ここにハメドの先見の明を感じる言葉がある。

ハメド
「渡らねばならない困難な橋がある。とてもタフで困難な試合だ。それでも私はどんなに過酷であろうがその橋を渡る。最後はいつも私が勝利する。予言をすればケビンはストップされる。途方もない正確さと力強さでストップされるだろう。ギフトは誰にももたらされない。うーん、4ラウンドか5、6ラウンドには俺が倒して勝つだろうな、そんなところさ。ケビンに伝えておくれ、まばたきすら禁物だってね。」

ハメドの入場がとても豪華で凝りに凝ったものだというのは有名だった。照明、音楽、ダンス、シルエット、ナズのリングインは7分以上も続いた。

ラリー・マーチャント
「これはファッションショーかい、それとも何かの表彰式か?」

ジム・ランプレイ
「ヘクター・カマチョ、ホルヘ・パエス、マイケル・ジャクソンそしてフィニアス・テイラー・バーナム(サーカスの興行師)が全てミックスされたものなのです。今までハメドをモハメド・アリと比較することしかできなかったけど、それはとてもナルシスティックな展覧会でした。ハメドほど、イベントにショーの要素を持ち込む人間を観たことがありません。リングロードはサーカスのようでした。とても巧妙でスリリングでした。ケビンが最初に素早く入場したのに対し、ハメドのそれは15分くらいに感じたことでしょう。ケビンはずっと待たねばならなかった。実際には6,7分だったようだが、ケビンの耳からは煙が出ているようでした。」

ナズの語り継がれるほど長いリングインは計画通り(ケビンを苛立たせる)にはいかなかった。

ジョージ・アザール
「ハメドの長いリングインはケビンを苛立たせHBOを怒らせるんじゃないかと。するとハメドはノーノー、数秒間ちょっとダンスするだけだよ。そしたらすぐリングインするよ。短い時間の入場のはずでした。」

しかし実際には独自の規定が用意されていた。

ケビン・ケリー
「2度もイギリスに行ってハメドの試合をみてきたから、彼の長いリングウォークについては知っていた。もし入場が長すぎればハメドは私に余分にお金を払うという契約を結んでいたんだ。だから、入場に20分かかればもっと多くの金が稼げたんだ。もっと稼ぐつもりだった。だから何も気にならなかった。みんな知らなかっただろうね、そんな裏があったなんて。本当はハメドは燃え上がる炎の中を潜り抜けることになっていたんだけど技術的な問題があって、炎が燃え上がることはなかったね。」

フィル・ボルジア
「ハメドのリングウォークはアホくさいお遊びだとおもっていた。奴はそういうのが好きなんだ。だから全く気にしないようにしていた。まぬけが来たぞ、おやつの時間だ、リングにおいで、くらいの挑発をした。実際ハメドは少し慌てていたよ。何も妨害にはならなかった。」

ルー・ディベラ
「何がはじまるのか全くわからず、音楽が鳴り光のショーが始まり、煙、クレイジーなダンス、大げさな入場がはじまりました。男女、子供達、皆ダンスしてましたがケリーの敵対者だったわけではない。ただムードに酔って踊っていた。リングインは永遠のようだった。ロックコンサート、演劇のようなショー、驚くほどスペシャルな時間でした。」

サウスポー同士の戦い、初回最初の2分はハメドが肩を振り、フリッカージャブを出してケリーをコントロールしているようにみえた。ハメドがケリーをコーナーに追い詰め、右ストレートを打って引いた瞬間、1-3のアンダードッグであったケリーは右フックをアゴに打ち込みハメドをキャンバスに転がした。

https://www.youtube.com/watch?v=CnM2n9jLoqs

ジム・ランプレイ(HBO)
「あぁ当たった。これはもはや神話でありスポーツのレベルを超えている。ケビンはあと2回ダウンを奪って試合をフィニッシュするのだろうか?それが可能にみえた。しかし望みは消えました。ハメドは起き上がりホンモノを証明しました。」

ケビン・ケリー
「ハメドは圧倒的に窮地に立たされたけど彼はとても柔軟な男だ。ハメドは柔軟でパンチの威力を吸収する。とてもアクロバティックでパンチの威力を吸収してしまうんだ。あの能力はすごいよ。」

2回序盤、ケリーは左フックをハメドのアゴに当て、ハメドのグローブをキャンバスにタッチさせる。これがランプレイの言うヨーヨー王子だ。

ジム・ランプレイ(HBO)
「ナズのバランスは悪かった。けれどアゴは強かった。ケビンはナズと同様にパンチャーでした。フェザー級ではまさしく神がかったパンチャーでした。パンチャー同士の対戦にファンはエキサイトしました。パンチャー同士のギブアンドテイクのようなダウンの応酬はまるで魔法のようでした。」

その後ハメドが右でケリーからダウンを奪い返した。ケリーはしくじったとグローブを叩きキャンバスからハメドを見上げてウィンクした。

ケビン・ケリー
「キャリアの中ではじめてゲームプランを無視した試合でした。プランでは7回か8回にハメドをノックアウトする、彼を十分弱らせてから試合を終わらせるつもりでした。私たちのスタイルはとてもよく似ていました。私がスイッチすればハメドもスイッチする。左と左、そして両手・・・互いにたくさんの特徴を持っていました。だから私はよく考えていました。自分ならどうやって自分自身を打ち負かすだろうか、それが正しい考え方でした。どうすれば自分に勝てるか・・・
それは敵意です。敵意という感情が強ければ強いほどベストが発揮できる。敵意という感情が能力を最大限に引き出すとおもって戦いました。4回でハメドをノックアウトしたかった。トレーナーは7回で決めたかったようでした。」

ダウンがなかったという意味で3回は平穏だったが、ケリーはトレーナーの導き出した忍耐強いゲームプランを無視しはじめていた。4回、ハメドは2度の強烈な左フックでケリーを2度ノックダウンさせた。この試合に備え、ケリーはザブ・ジュダーとスパーリングを重ねていた。ジュダーはプロとしてまだ1年のキャリアだったが、ハメドのようなばかげたスピードと瞬発力を備えたサウスポーだった。しかしジュダーはスーパーライト級だった。それでもボルジア(トレーナー)によるとケリーは毎日ジュダーを打ち負かし流血させていたという。もしケリーがゲームプランを無視するような事があればスパーリングをすぐに中止させたともいう。ここにこそ、ボルジアが望んでいたことと実際の結末の残酷があった。

ボルジア
「ハメドをノックアウトするのにあと少し、最高の状況だったとおもいます。でもゲームプランはハメドを降参させることでした。全体のプランとしてはハメドをとことん痛めつけ、棄権させることでした。派手にノックアウトする必要はない、ハメドの心を折るだけで十分でした。もうたくさんだ、これ以上戦えないと。あと少しでした。パンチが顔面のすぐ近くをかすめただけでハメドはダウンした。当たってさえいないようなパンチでも。ハメドはオーマイゴッド!どこからパンチが来るんだ?という状態でした。

しかしそれでケリーはゲームプランを逸脱してしまったのです。ハメドをノックアウトできると。それが我々がこの試合で払った代償でした。でも結局は、ケリーは最高だった。準備が出来ていた。彼は興奮しすぎてこう言いました。「俺はハメドをノックアウトできる」と。それが仇となったけど、本当に素晴らしい試合だった。」

4回にケリーはハメドから再びフラッシュダウンを奪うが、その時点まで、ケリーはハメドから3度ダウンを奪い、ハメドはケリーを2度ダウンさせていた。そんなハイペースの熱狂は長くは続かないようにおもわれた。

ジム・ランプレイ(HBO)
「最後の一撃を決めるのがどちらになるのかわからなかった。両者に可能性があった。ケビンだったかもしれないし王子だったかもしれない。しかし結局ナズだった。」

ハメドが決めた3度目のダウンでレフリーは試合をストップ。リングサイドにいたジョージ・フォアマンは「王子は本物だ」と宣言した。

ケビン・ケリー
「猫が隅に追いやられたら、何かしなければなりません。私がハメドをコーナーに追い詰めた時、ハメドはパンチを打ってこれないとおもった。左をぶちかますつもりだったんだけどハメドが先に左を打ってきた。全く厄介だった。」

レフリーのベンジー・エステべスは4ラウンド2分27秒で試合を止めた。それは紛れもなく1997年のファイトオブジイヤーだった。

ルー・ディベラ
「アップダウン、それぞれ3度のダウン、今まで観たボクシングの試合で最もドラマチックなもののひとつです。最高の環境、最高のリング、最高のファイター同士でそれは起きました。上手く言えないけどナシーム・ハメドがマジソンスクエアガーデンでアメリカを征服したあの日の夜は何かが違っていた。ハメドが何か違っていたからだろう。誰も何が起きるのかわからなかった。2人の世界のベストのフェザー級が生きるか死ぬか、全力で戦った。6度のダウンがあった。歴史的な夜でした。」

この試合は250万世帯がライブ観戦した。HBOでデビューしたボクサーの過去最高の数字をたたき出した。

ルー・ディベラ
「イエメンからきた子供、イスラム教徒の自慢の子供がアメリカに来て、HBOボクシングの歴史で記録的なデビューをしました。凄い事です。会社中の話題でした。スポーツビジネスの根幹を揺さぶる出来事でした。街中の人々があの日の試合について話をしていました。普通の新聞にも大きく取り上げられました。ボクシングについて興味のない人々でさえ、おい、あの試合観たか、と夢中で話をしていました。」

敗者、ケビン・ケリーの生涯72戦のプロキャリアのハイライトがこの戦いであったのは事実かもしれない。ケリーは再戦を望んだ。しかし2試合後、デリック・ゲイナーとの再戦に敗れ、再戦の機会を逸した。その後もケリーは2,3のタイトルに挑戦したが、大きな実績を残すことができず、40代前半まで戦い続け、60勝10敗2分の記録を残し引退した。

ハメド戦後のケリーが以前のケリーとは同じ姿ではなかった。壊れたと容易く言うことは出来ない。しかし現在、ラスベガスでトレーナーをしているケリーはハメドとの試合を誇りにおもっている。

ケビン・ケリー
「人々の記憶に残る試合になりました。そしてそれは私の人生になりました。街を歩いていると「ケビンと王子」とよく声をかけられます。今日になっても人々は私にそう語り、試合について熱く語りだすんです。今日まで。」

その試合を熱く、一晩中でも語ることができるのがポール・マリナッジだ。今までライブで試合を観戦したことさえなかった、ボクシングジムに通いはじめたばかりの16歳の少年だ。

ポール・マリナッジ
「一番安いチケットが25ドルでした。叔父がピザ屋をしていたので、配達の手伝いをして25ドル稼いだ。一人、地下鉄に乗って会場に向かった。スウェットスーツを着ていたのを覚えている。ぴったり25ドルしか持っていなかった。でもチケットを買うのに追加で2ドルの入場料がかかると言う。25ドルじゃなくて27ドル。

おお、神よ、2ドル足りない・・・

当時私は17歳でしたが子供っぽかったので12歳くらいに見えたとおもう。チケット売り場の女性に困った顔をして25ドルしかないんだと懇願したら彼女は上司に相談してくれた。そしてこっそり窓の下からチケットを滑り込ませてくれたんだ。彼女の名前を憶えておけばよかった。私の人生を変える大きな役割を果たしてくれたのだから。」

マリナッジは最後列から3番目の席に座り、リッキー・ハットンのプロ2戦目のアンダーカードなどを観戦した。誰がこの2人が11年後に対戦することになるなどと想像できただろうか。12000の群衆に紛れ、至極の試合を観戦した。

ポール・マリナッジ
「試合が終わった帰り道を思い出します。素晴らしい試合でした。あの夜、あの試合を観て、私はプロボクサーになる、やってやると決めました。私も少しは”フラッシュガイ(スピーディ)”な素人でしたが、ハメドのファイトは私に信念をもたらしました。ハメドのようなファイトができるなんて言えません。プリンス、ナシーム・ハメドだけのボクシングです。でも、ハメドは間違いなく私の夢に根を植え付けてくれました。」

Vol.4へ続く・・・

ヨーヨー王子

ハメドはゴムまりのようとかヨーヨーのようと呼ばれていた。驚異的な柔軟性でパンチを吸収してしまう。スウェーの反動で放たれるパンチはメガトン級だった。ジュダーを血祭にあげるほどのスパーを積んできたケリーだが、こういう究極のスピード&パンチャー同士の対戦というのは互いのパンチを避けそこない、ボコスカと食らう打ち合い、倒し合いになる事も多いのだ。反応速度のリミッターを超えている。

そして、初回にダウンを奪い、勝利を目前にしたケビン・ケリーの導き出したものが「animosity=敵意、強い憎しみ」だったところ、自分に勝つには強い感情だ。痛いほどに共感できる箇所だが、ノックアウトできると過信してゲームプランを無視した事が仇となったのか・・・ヨーヨーは反動してくるのだ。

ボルテージマックスの試合だが、初回を終えてもう少し丁寧に、冷静に戦えていたならば、この試合はケビン・ケリーのものだったかもしれない。

いよいよ最終章です。

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プクー

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「ボクシング動画配信局」https://box-p4p.comの管理人です。 ボクシングで人生を学びました。

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