光影同強・無冠の夜/(Z-Man)ザヒール・ラヒーム

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いつの時代にも、運に見放され、誰にも見向きもされずに静かにリングを去っていく者がいる。アマチュア戦績213勝4敗、同じ時代を生きたオリンピックのチームメイト、フロイド・メイウェザーJrより偉大な記録を築いたザヒール・ラヒームは日の当たらない道をずっと歩み続け無冠のまま消えた。

ボクシングは多くの人には見逃されがちだが、チームスポーツである。ファイターは己の才能と能力で戦うことができると信じているがプロモーターやマネージャーに正しく導いてもらえなければ栄光を手にすることはできない。元オリンピック米国代表、世界挑戦者のザヒール(Z-Man)ラヒームがいい例だ。

ラヒームはとてもスキルフルなパンチャーだった。ハンドスピード、パワー抜群で誰にとってもデンジャラスなファイターだった。ボクシングの盛んなペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれたラヒームは213勝4敗という素晴らしいアマチュア記録を誇り、フェルナンド・バルガス、デビッド・リード、エリック・モレル、アントニオ・ターバー、デビッド・ディアスらとともに多くの世界王者をもたらした最後の偉大なオリンピック米国代表だ。最も成功した同僚にフロイド・メイウェザーjrがいる。

チームメイトの多くはプロとしても成功をおさめ、2、3年以内に世界タイトルを獲得した。

しかしラヒームは彼らと同じ歩みでキャリアを進めることができず、底辺からスタートせねばならなかった。1996年にプロに転向して以来7年の歳月をかけて24勝14KOという記録を築いた。マネージメントが上手くいかず、上手くプロモートされてこなかったラヒームはナチュラルな体重以外で戦わなければならない事も多かった。タイトルエリミネーターでロッキー・ファレスと対戦した時もそうだった。

2004年、テキサス州ヒューストンで行われたロッキー・ファレス戦のためにラヒームはフェザー級をつくるため40ポンドも減量した。ファレスの地元だっただけでなく、ジャッジ2名、レフリーまでもがテキサス州出身だった。

4回、ラヒームはファレスの左フックを受けて片膝をついた。後頭部打撃でレフリーから2ポイント減点された。それでもラヒームはスマートにファレスをアウトボックスし、ジャブやコンビネーションを駆使しファレスをコントロールした。ファレスの判定勝利という結果は明らかな地元判定だった。

7か月のブランクを経て、ホセ・キンタナをノックアウトしたラヒームはキャリア最高の戦いを迎えた。2009年、10月5日、HBOのダブルメインイベントでエリック・モラレスと対戦、もう一つのメインはマニー・パッキャオが6回KOでヘクター・ベラスケスを派手にノックアウトしていた。パッキャオとモラレスの対決を煽るために組まれたカードだった。

ラヒームはパッキャオとの対戦のためにモラレスが選んだ楽な対戦相手のはずだった。しかしラヒームは自分が簡単な相手ではないことをすぐに証明してみせた。モラレスが何もできないほど華麗にアウトボックスをしてユナニマスでアップセット勝利を演じてみせた。

それはラヒームのキャリア最大の勝利になるはずだった。モラレスに変わってパッキャオの対戦候補になるはずがパッキャオは敗者のモラレスとの再戦を選んだ。代わりにラヒームはアセリノ・フレイタスと空位のWBOライト級王座を争うことになった。ボクサーVSパンチャーのクラシカルなファイトの果て、ラヒームはスプリット判定でブラジルのパンチャーに屈した。

https://www.youtube.com/watch?v=mPTUq60Dvek

王座を目前にしてザヒール・ラヒームの道は事実上終わりを告げた。

その後2007年から2014年にかけて8勝1敗1NCという記録を残すが、35勝21KO3敗という記録を残してキャリアを終えた。試合枯れが多く、凸凹した茨の道だった。

ラヒームがもっとマネージャーやプロモーターに恵まれ、いい待遇を受けていたならどんなキャリアを残していただろう。もっと大きな試合、ファイトマネーを手に入れることができただろうか、複数階級制覇しただろうか、ボクシング界全体がザヒール・ラヒームのすばらしさを体感、共有できなかったことが残念でならない。

今ほど簡単に映像が観れなかったのでラヒームの事は名前は知ってても試合を観た事はほとんどなかった。戦績のいい黒人がいるのになかなか出てこないな、ザヒール・ラヒームって名前が変わっているな、イスラム系なのかな・・・くらいであった。しかしその戦績は伊達ではなく、4階級制覇のエリック・モラレスさえもいきなり攻略した。

しかし金になり因縁もあるモラレスは敗者であるのにパッキャオに選ばれた。
勝ったラヒームのその後もまた聞かなくなった。

再戦時のモラレスはもうパッキャオに通用しなくなっていたので、足の速いラヒームが相手ならパッキャオもどうなっていたかわからない。

フレイタスにSD負けというのは試合を観ていないのでなんともいえないが、微妙な試合だったのだろう。初黒星となったロッキー・ファレスは米国五輪メダリストで当時は期待値が高く負けてもチャンスをもらって猛烈にプッシュされていた。

その後のラヒームの敗北はアリ・フネカにKO負け、その後は6連勝するもチャンスが訪れることは2度となかった。失意でキャリアが進まぬ過程でのフネカ戦の敗北が決定的だったのだろうか・・・

いつの時代にもこのような不遇の天才はいる。記事の最初にあるようにボクシングとはつくづくチームスポーツなのだ。

メイウェザーとの差は紙一重だったのかもしれない。
光が眩しければ眩しいほど、その影もまた大きくて深い。

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7 COMMENTS

アバターアキラ

管理人さんはラヒームを惜しまれてますが、はっきり言って大したことなかった
ですよ。昔、フレイタス戦を見ましたが圧力に押されっぱなしで勝負もかけられず、スプリットの判定には呆れました。モラレスに勝ったのも適正階級でないライト級が幸いした面が大きいです(プロボクサーとしてはモラレスがはるかに上)。結局はボクシングは上手かったがプロボクサーには向いていなかったんでしょう。
管理人さんがトップアマを推したい気持ちは分かりますが、長丁場の12Rを勝ち抜くプロで成功するには上手さと同時に肉体的な強さと呆れるほどに前向きなメンタルが必要です。ラヒームのようなオリンピアンでも大成できない選手はそれが足りないんだと思います。ハーンズやモズリーはオリンピアンになれませんでしたが見事に大成しました。彼らにはそれがあったんでしょう。管理人さんの記事は好きですが、失礼ながらこの記事にはバイアスがかかっています。トップアマへの過剰な信仰に惑わされないほうがいいと思います。同じボクシングを愛するものとしてあえて苦言を呈しました。異論あればまた教えてください。

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アバター匿名

いきなりモラレスに勝つだけですごいんじゃ?
フレイタスはとにかく強打者で相性悪かったとか・・・
フレイタス自身、メイ、パック、メキシカンには絡めなかったし。

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アバター匿名

でももう少しプロモートに恵まれていればベルトを巻くくらいは出来たのも事実でしょう。

極端な例ではありますが、亀1ですらベルト巻けたわけなんですから、ラヒームがベルトを巻けずに消えていったのは不可解であることには違いありません。

その結果メイウェザーと紙一重って言われるのは……
まあアマチュア時代に井上に勝った林田太郎がプロ転向すれば4階級制覇してただろうレベルの話でしょう。
想像するだけならタダですよ。

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プクープクー

想いがどうこうよりも、こんなファイターがいたという記事を残したいだけです。
残さねばいずれ忘れ去られてしまいそうな人たちを。

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アバター匿名

メイうんぬんは単純にアマチュア戦績がメイよりいいからだろう。五輪では銀メダルのキューバ人に負けた。カサマヨールとリコンドーの間に活躍したキューバ人。

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アバターメヒコ

ご本人のリングコスチュームが、無冠の帝王を揶揄しているようで、秀逸ですね。ラヒームですか!知らなかったです。動画を観る限り、時と場所を得て運を味方にしてたら戴冠してても可笑しくなかったでしょうね。いわゆるアンラッキーボーイでしたね。まだまだ見知らぬボクサーがいました!!管理人さんありがとうございました。これからも、楽しみにしています。

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