人生の意味/El César del Boxeo(ボクシング界のシーザー)フリオ・セサール・チャベス

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お金、女性、名声、家、車、ヨット、男が望む全てを手に入れましたが、それは私の人生に何も意味を与えませんでした。私は何も感じなかった。だから私は何をしたのか?この世でできる最も愚かな事をしました。

メキシコの麻薬密売の話は有名だが、麻薬中毒に関してはあまり知られていない。

アメリカほど蔓延はしていないが、メキシコの麻薬問題も深刻化しており、過去10年間で違法薬物の使用が3倍に増えた。

何百万人もの国民が、マリファナ、コカイン、覚せい剤の使用を認めているが、中毒に関しては主にお金持ちや有名人の間に蔓延しており、公にはされにくい。伝説の元世界王者は、麻薬中毒やリハビリのイメージを変える作業に着手した。

貧困からの脱出

1980年代、90年代、フリオ・セサール・チャベスは偉大で強靭で、その左フックは誰もが恐れるものだった。当時、チャベスはパウンドフォーパウンド(全階級最強)だった。

彼の成功物語は、どん底の貧困からはじまる。11人兄弟だったチャベスの家族は貧しく、廃列車で暮らしていた。母は洗濯屋をして家計を支えた。チャベスは8歳でボクシングを始めた。母に家を買ってあげたいといつも夢をみていた。

1984年から1989年にかけて世界タイトル3階級を制覇。最多世界戦出場数37、1試合に於ける観客動員数13万人、歴代3位となる89連勝、デビュー戦以来90戦無敗(1引き分けを含む)など、ボクシング史における数々の記録を打ちたて、全盛期には、類い希なるタフネスとスタミナを武器に完璧な強さを誇り絶大なる人気を得た。ロベルト・デュラン、アレクシス・アルゲリョらと並び、ラテンアメリカのボクシング界を代表するスーパースターになった。

https://www.youtube.com/watch?v=kyjOUrtBtHI

チャベス
「お金、女性、名声、家、車、ヨット、男が望む全てを手に入れましたが、それは私の人生に何も意味を与えませんでした。私は何も感じなかった。だから私は何をしたのか?この世でできる最も愚かな事をしました。」

チャベスは麻薬とアルコールに避難場所をみつけた。

凋落のはじまり、敗北

チャベスはメキシコのティファナの自宅の居間で、革張りのリクライニングソファに座っている。部屋は現役時代の写真やチャンピオンベルトに囲まれている。

額縁に入った写真のひとつに、チャベスの最も有名な試合のひとつである、1990年ラスベガスで行われたメルドリック・テーラーとの試合がある。チャベスは常に前進を続けるファイターだが、その試合は最終ラウンド残り数秒を残して右で逆転勝利したものだ。

劇的な勝利にも関わらず、やがて飲酒と麻薬が彼の身体を蝕みはじめたと言う。

最初のはじまりは、パーティー、社交界への招待、ビール、そしてドラッグへと変わっていった。彼はまた、フランシスコ・ラファエル、アレラノ・フェリックスなどの有名な麻薬密売人ともつながりがあり、さまざまな社交パーティーに顔を出した。

Chilango.comはチャベスが麻薬カルテルが所有する最も豪華なバーの1つであるFrankie Ohに頻繁に出入りしていると報告している。

チャベス
「最初はそれをコントロールできましたが、どんどん量が増え制御不能になりました。凋落のはじまり、敗北です。」

4年後、フランキー・ランドールとの試合で、11ラウンドにチャベスはキャリア初のダウンを喫した。

2005年に引退するまで、さらに5つの敗北を味わった。当時もその後も麻薬中毒だった。結婚生活は破綻し、友情のいくつかが台無しになり、健康に苦しんだ。

チャベス
「うつ病に苦しみ、何度か自殺未遂をしました。同様に妻に暴力を振るいました。家族と対立しトレーニングもほとんどしなくなりました。」

ロドルフォ・チャベス(兄)
「弟はバチカンの教皇ヨハネ・パウロ二世のトイレでコカインを包んだ紙をズボンから取り出し、大理石の上に広げて吸い込みました。」

引退の4年前、潰瘍の手術で麻酔をかけられていたチャベスが睡眠中に、息子は救急車を呼び、無意識の父親を麻薬のリハビリセンターに移送した。

チャベス
「麻酔注射がまだ腕に刺さっている状態で目が覚めたので、それを外して暴れた。」

チャベスはリハビリセンターに半年入院し、中毒を抜け出した。

麻薬中毒防止大使

国民的英雄のチャベスの薬物中毒は公然と認められておらず、庶民は堕ちた英雄の事実を認めない。しかしチャベスは真実の物語を語り、麻薬中毒者を救う決意をした。

チャベスが設立したクリニカバホ・デル・ソルティファナでは、男女40人の患者が夕食前に祈りを捧げる。施設の窓から見える太平洋の壮大な眺めは、高いレンガと有刺鉄線で囲まれた建物と対照的だ。

デザイナードラッグと呼ばれる向精神薬の乱用が急増している。チャベスはさらに複数のクリニックを開設し早期オープンを目指している。

フリオ・セサール・チャベスは、薬物中毒者のリハビリ、治療に対する国民の意識を変えようとしている。

少年時代を過ごしたクリアカンの広場に最近チャベスの銅像が建った。チャベスは現在、ESPNエスパニョール、メキシコのアステカTVのアナリストをしているが、メキシコの大統領エンリケ・ペナ・ニエトは、麻薬問題の会議でチャベスを「麻薬中毒防止大使」に任命した。

チャベス
「とても光栄で誇らしいことです。しかし同時にプレッシャーや責任も感じています。
今は本当に心身ともにクリーンでいなければなりません。」

通算戦績 116戦 108勝 87KO 6敗 2分
2010年、世界ボクシング殿堂入り

WBC世界スーパーフェザー級王座(防衛9度)
WBA世界ライト級王座(防衛1度)
WBC世界ライト級王座(防衛0度)
WBC世界スーパーライト級王座(防衛12度)
IBF世界スーパーライト級王座(防衛2度)
WBC世界スーパーライト級王座(防衛4度)

サイトのコンセプトが「ForgottenLegend(忘れられた伝説)」だから、チャベスのような偉大な英雄は書く必要を感じておらず、他にいくらでも優れた記事があるだろうとおもっていたが、あの鉄人のような強さにどんな生い立ちがあるのか調べてもあまり辿ることが出来なかった。時は過ぎ、チャベスを調べても、息子のジュニアのニュースばかりである。

なので、別の視点から、ほんの少しだけ、偉大なフリオ・セサール・チャベスを残して、今年を締めくくりたい。

「お金、女性、名声、家、車、ヨット、男が望む全てを手に入れましたが、それは私の人生に何も意味を与えませんでした。私は何も感じなかった。だから私は何をしたのか?この世でできる最も愚かな事をしました。」

人種も国も超えてこれが世界共通の成れの果てのような気がするが、人生の喜びとは、ゴールとは一体何なのだろう。

息子もかなりやんちゃでクスリと縁が切れない様子だし、メキシコはデザイナードラッグが蔓延し、スポーツの根幹を揺るがすような違反者が続出している。真実の闇はもっと深いだろう。

そうした悪の文化、負の連鎖をこそ、メキシコの英雄、ボクシング界の英雄、JCスーパースターに断ち切って欲しいと願う。

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3 COMMENTS

アバターなお

さすがプクーさんですね。
チャベスは連邦政府の捜査対象でした。チャベスと切れない背後は、彼の家族に繋がるのです。
初期に稼いだカネは彼の一族がもらい、ドラッグで稼いだと噂されました。
20年以上前にキングと共に興行の保険金詐欺、資金洗浄、覚醒剤の卸売買の捜査がされており、キングの周囲は殺人、蒸発さえある。

こういう背景で戦い、生きるチャベスの逞しさは凄い。
しかし、戦績改竄からドラッグ…リング外のスキャンダルは最強で日本人にはありえない。

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プクープクー

父親が酒飲みの暴力男で嫌ってたけど結局自分も同じことをしたと書いてありました。血の因果ですかね。アメリカ、メキシコはこういうのがパターンかのように多いです。

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アバターなお

新年明けましておめでとうございます。
クリアカンは、昔はドラッグで有名で男たちは飲酒しながら、女たちにドラッグ精製させて、上がりは酒と賭博が普通だと聞いています。

実は長幼の序を重んじた村社会に近い国なので、カネ持てば逆らえない空気だったのでは?と感じます。

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