プエルトリカンであるが故/フアン・マヌエル「フアンマ」ロペス

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フアン・マヌエル「フアンマ」ロペスという男はあまりにプエルトリカンすぎた。

フアン・マヌエル「フアンマ」ロペスが、グローブを手放す時が来た。

プエルトリコのボクサーは、スーパーバンタム級とフェザー級で世界王者になり、15年間ボクシング界のトップで活躍してきたが、再びリングに戻って戦うことはないと語った。

ロペス
「もうグローブをつけるつもりはない。私は以前の私と同じではありません。健康に留意し、家族と一緒にいて、子供たちを見守るべき時が来たのだ。」

ロペスは、2004年のアテネオリンピックにプエルトリコ代表として出場するなど、アマチュアとしてのキャリアを積んできた。2005年1月のボクシングデビュー戦では、ルイス・ダニエル・コロンに1ラウンドでKO勝ち。スーパーバンタム級で破壊的なパンチを持っているという評判をすぐに確立した。

彼の最初のヘッドラインは2008年にあった。
メキシコのダニエル・ポンセ・デ・レオンに挑戦し、初回ノックアウトで世界王者に輝いた。ここまで無敗のロペスであったが、同じサウスポーのハードパンチャーで35戦34勝30KOという戦績を誇るポンセ・デ・レオンの方が戦前の評価は高かった。試合は初回にロペスがポンセ・デ・レオンから2度のダウンを奪いTKO勝ち。大きな番狂わせを起こした。

5度の防衛に成功した後、2010年にはフェザー級に昇格し、スティーブン・ルエバノに挑戦。7回TKO勝ちを収め2つ目の世界タイトルを手に入れた。

しかし、無敗の快進撃の中、メキシコの雑草、オルランド・サリドが、ロペスを2度テクニカルノックアウトしたことで、ロペスの殿堂入りの計画を台無しにした。

それ以来、彼のキャリアは浮き沈みを繰り返し、3つ目のベルトを手に入れるという目標を達成することはなかった。

2014年7月12日、WBO世界スーパーフェザー級2位でNABF北米スーパーフェザー級王者フランシスコ・バルガスと対戦するが、3回に打ち合いの中で被弾し、フラフラになりながらもなんとかこのラウンドを凌ぐが、インターバル中にセコンドが棄権を申し出て3回終了TKO負けを喫しWBOインターナショナル王座の初防衛とNABF王座獲得に失敗。

2014年9月11日、WBA世界フェザー級暫定王者のヘスス・クエジャルと対戦するが、クエジャルの圧力に圧倒されて最後はフック連打でロペスは頭から沈み失神。2回1分36秒KO負けを喫しこの試合を最後に引退した。

2015年10月31日、妻を暴行したとして家庭内暴力容疑で逮捕された。妻とは別居中で不仲だった。

2016年10月29日、引退を撤回して約2年ぶりの試合をロベルト・クレメンテ・コロシアムでウィルフレド・バスケス・ジュニアとスーパーフェザー級契約12回戦を行い、11回2分29秒TKO勝ちを収めた。試合後、リング内に乱入してきたバスケス陣営と拳を交える後味の悪いものとなった。

2018年3月3日、約1年4カ月ぶりの試合をジェイソン・ベレスと対戦し、12回TKO負け。2019年5月のエミリアーノ・マルティン・ガルシア戦は引き分けに終わった。

ロペス
「私は再びボクサーを演じていました。計画があったからですが、実現しませんでした。ボクシングには、テレビ局の偉い人に従うシステムがあります。彼らは、私が引退していないことを示すために、そして可能性があるかどうかを確認するために、私に1、2試合やらせたかったのです。ユリオルキス・ガンボアとの対戦の話もありましたが、すべてが宙に浮いていました。みんな見たいと思っていたかもしれませんが、テレビが気にしなければ実現しません。

私はもうボクサーをやるつもりはない。もう36歳だし、このビジネスのことはよくわかっているし、今自分のやっていることに専念したほうがいいと思ったんだ」

ロペスは現在、いくつかのプロジェクトに取り組んでいる。
パーソナルトレーナーとしてクライアントを担当しているほか、これらのサービスを提供するためのトレーニングも行っている。また、民間企業の医療宣伝担当者としても働いている。

ロペス
「私は家族や子供たちのために集中することにしました。
ボクシングが大好きで、ボクサーたちがやっていることを見て、自分もやりたいと思うことがあります。時々、血が騒ぎますが、精神的には若者を指導するなどに集中しています。自分がボクサーとしてリングに上がることは考えていません。

私の夢は3階級で世界チャンピオンになることでしたが、現実には達成できませんでした。しかし、プエルトリコ人としてここまでやり遂げたファイターはほとんどいません。一部の人は私を認めないかもしれませんが、多くの人々は私をサポートしてくれました。悪口を言われるような嫌な思いをしたことはありません。プエルトリコの人々は私を愛しており、私がパンチを受け続けるのを見たくないのです。」

周囲の反対の中3人の子持ち女性と付き合い始める。女性はマネージャーやトレーナーとしても関わりロペスをサポート、子供を2人授かり2010年7月に結婚式を挙げる、しかしわずか7ヵ月後に離婚届を提出して関係が破綻した。

アマチュア:126勝24敗
プロ:36勝6敗1分

ふと、このサイトが過去のものになっていたので、誰かいないかなぁとおもい浮かんだのが、「ファンマ」だ。

印象的なサウスポーのハードパンチャーだが、なぜ今「ファンマ」なのか。

プロでは2階級制覇、36勝6敗1分でキャリアを終えたが、伏兵のサリドに負けるまでは30連勝でKO率も高い怪物候補だった。それが、その後6勝6敗1分でリングを去ることになろうとは・・・ボクシングの過酷な現実。

体格もよく恐ろしいサウスポーの無敗のハードパンチャーで、間違いなくスター候補だったが、いかにもプエルトリカンなのだ。

攻撃力、パワー、KO率、エキサイティングな試合っぷりは素晴らしい。しかし、攻撃偏重で防御はザル(意識が低い)KO勝ちかKO負け、打たれるとモロに効いて後に響く。もう立て直せない。

フェリックス・ベルデホ
クリストファー・ディアス
アンヘル・アコスタ
アルフレド・マチャド

プエルトリカンにはイケイケで墓穴を掘るタイプが多いのは気のせいか、伝統か。

エドウィン・ロサリオも凄まじい才能だったがムラが多く、フェリックス・トリニダードは神の領域だが、果たしてディフェンスの達人と言えただろうか。ウィルフレド・ゴメスは剛腕自慢でサンチェスを甘く見てはいなかったか。

ディフェンスの達人、ウィルフレド・ベニテスは練習をさぼり、最後は打たれすぎて障害者になった。

プエルトリカンの特徴と課題ははっきりしている。
才能を攻撃に特化させすぎだ。そのアドレナリンをディフェンスに注げば、超一流になれるだろう。

それは今全勝全初回KOのエドガー・バーランガにも感じることだ。結果が何より、エキサイティングでプロとして申し分ないけれど、本場の一流トレーナーにこのプエルトリカン気質を直してもらうことで、広島と同じくらいと言われるプエルトリコ自治連邦区の不思議で魅力的なボクシングの伝統、歴史はさらに輝くだろう。

4月にクリストファー・ディアスがエマニュエル・ナバレッテと戦う。

血気盛んに打ち合って、無尽蔵のナバレッテに屈する姿が目に浮かぶが、相手はSバンタムから上げてきたばかり。プエルトリカンの欠点、幾多の反省を踏まえ、踏ん張って欲しいものだ。

フアン・マヌエル・ロペスはSバンタム級、小国や岩佐と同じ。井上尚弥も睨んでいる階級だ。

彼らをしても、「フアンマ」は破格の強打者、恐怖の男だったと言えた。
当時は強すぎて日本人とは接点もなかった。

そう、フアン・マヌエル「フアンマ」ロペスという男は

あまりにプエルトリカンすぎた。

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