35年の計画/ドノバン(レーザー)ラドック

私は多くの間違いを犯しました。全ての過ちを経て、自分の道を通り抜け、今正しい道にたどり着きました。それが私の生き方なのです。

ドノバン・ラドックは仰向けに横たわり、胸はうねり、腕はイエス・キリストのように広げられていた。これは間違いなく計画の一部ではなかった。

彼の計画は、ハードなトレーニング、前代未聞の51歳で13年のブランクを経てボクシングに復帰し世界王者になることだった。

実際、復帰後何人かの無名のファイターをノックアウトし、カナダのマイナーなヘビー級タイトルを獲得した。過去の名声、現在の奮闘をアピールし、今ビジネスを進めている、彼が開発した手動式圧縮装置付きの家庭用ゴミ箱「The Boxer Compacter」の宣伝にも一役買った。

今後、上位10位以内のランカーを倒し、世界王座に挑戦する。それが本来の計画だった。

2015年9月11日の金曜日、トロントのリコーコロシアムでラドックはキャンバスにボロボロに倒され、計画の修正が必要になった。カナダ王者、ディロン(ビッグカントリー)カーマン(29歳)にノックアウトで負けることなど想定外だった。

「ザ・スマッシュ」と呼ばれるアッパーカットと左フックで恐れられていたラドックは負けた。彼は最盛期のマイク・タイソンと2度戦い、アゴを折りながらも12ラウンド戦い抜いた男だ。もちろんそれは大昔、ブッシュ政権の始まりの頃の話だが。

ラドック
「私は当時5試合しか負けなかった。この子供(カーマン)を敗北リストに加えることは出来ません。」

ラドックの計画には、弁護士をたて、オンタリオ州のボクシング当局との裁判も追加された。

カーマンとの試合ではノックアウトの数分前に、ウサギを素早く屠殺するために使われる「ラビットパンチ」と言われる打撃があったと主張する。後頭部、または首の後ろの打撃によるダメージであり、カーマンは失格だと主張している。

ラドック
「私は35年間ボクシングをやっている。世界中ありとあらゆる強豪と戦ってきた。でもそんなキャリアは役にたたない。頭の後ろを守る方法なんて必要ないからだ。」

年老いたボクサーがカムバックして成功するのが感動のストーリーといえるボクシングでもラドックの年齢は際立っている。ジョージ・フォアマンは引退し、フルタイムのグリルチキンのセールスマンになった。フォアマンは45歳という記録的な年齢で世界王者に返り咲いたが、48歳でグローブを置いた。

ラドックはそんなフォアマンの年齢を超えて復帰した。(51歳)

フロイド・メイウェザーVSマニー・パッキャオがペイパービューの新記録を樹立したが、ボクシングの主役、ヘビー級は現在低空飛行のままだ。タイソン、フォアマン、ホリフィールドといった人気者世代は、ウラジミール・クリチコに代表される巨人に取って変わられた。しかしクリチコはスポーツを超越したスーパースターとはいえない。

後頭部や首への打撃、頭部への深刻な打撃が繰り返されると人体に長期的なダメージを与えるという議論は医学的観点から長く見過ごされてきた。ボクシングは暴力的で野蛮なスポーツだという評判が世界に浸透している。

カナダのオンタリオ州でボクシングライセンスが許可されるには、MRIスキャンを含む医療検査をクリアしなければならない。ルールによると年齢制限はなく、ラドックは医師から正式な許可を得ているという。ラドックは高齢になってもボクシングを続けることで、パーキンソン病や、アルツハイマー病のリスクが高まり、昔のトレーナー、故フロイド・パターソンやモハメド・アリのような運命をたどるという説を否定する。

ラドック
「聞いてください。明らかなことがあります。私にボクシングで受けた後遺症がありますか?大事なのはノックアウトされていない事です。頭をひどく打たれてきたなら、他にやるべきことを見つけなければなりませんが、私は打たれていません。」

ラドックは11歳の時にジャマイカからカナダのトロント、ウェストン地区に移住してきた。5人兄弟で下から2番目だ。16歳の時にボクシングを始め、ブルックリンにいる叔父の元に身を寄せたり、カナダ軍に在籍している間にボクシングを続けた。当時彼の鋭いパンチは「レーザー」と名付けられた。アマチュアでカナダ王者となり、ボイコットがなければ1980年のモスクワオリンピック候補だった。喘息の治療などの低迷期を経て、1982年にカナダの伝説のジョージ・チュバロトレーナーの元、プロに転向した。

1986年、アメリカのトップ10ランカー、マイク・ウィーバーを破り注目を集めた。1989年にはジェームズ(ボーンクラッシャー)スミス、1990年にはニューヨークのマジソンスクエアガーデンでマイケル・ドークスを劇的にノックアウトした。ラドックは世界王者まであと一歩の位置に登りつめていた。カナダの衣料品ブランド「ルーツ」はスポンサーとして、ラドックのトランクスや(レーザー=カミソリ)ブランドのレザージャケットを提供した。

https://www.youtube.com/watch?v=g5vMalBHGNM

しかし、カナダ人のラドックにとり、マッチメイクは困難を極めた。1990年代には大スターのマイク・タイソン、レノックス・ルイスに敗れ、最後はトミー・モリソンにも敗れ、1995年、遂に世界王者に輝くことなく引退、リングを離れた。

その後、ラドックは実の兄であるデルロイやプロモーターのドン・キング、かつての側近たちと金銭問題をめぐる法廷闘争に明け暮れた。1991年のマイク・タイソン戦で1000万ドル稼いだにも関わらず、1995年には自己破産した。フロリダ州フォートローダーデールにあるラドックが立ち上げたナイトクラブ「レーザー宮殿」は破壊された。ガールフレンドはラドックに暴力を振るわれたと訴えたが裁判によって無罪となった。

破産したラドックは1990年代後半に再びリングに戻り、2001年、空位のカナダヘビー級王座を獲得するも、再びグローブを置いた。

ラドック
「カナダタイトルを獲得して私は退屈になりました。エキサイトしなかった。だから休むことにしました。体重が増え、血圧が上がりました。」

今から8年前(2007年頃)ジャマイカに戻り、再びトレーニングとスパーリングを始めた。3年前にはビーガン(菜食主義者)になった。現在トロントに戻ったラドックは毎朝8~9キロ走り、その他ほとんどの時間をジムで過ごしているという。

ラドックには6人の子供と4人の孫がいる。息子の一人、スカイは2011年に22歳で自動車事故で他界した。リングから離れ、ラドックは発明者を自称している。ごみ圧縮機を開発しアメリカで特許をとった。

しかしジョージ・フォアマンの「ユビキタスグリル(レストラン)」のような商業的成功を収めることは出来なかった。開発に50万ドルの自己資金を費やしたラドックは、その他の無名の発明が成功の翼を広げていると主張する。

しかしラドックにとっての最優先事項はボクシングだ。カムバックしてから連勝を重ねていった。

身長190.5センチのラドックの現在の体重は109キロで全盛期よりも3,4キロ重いだけだ。しかしかつてタイソンと共にリングに入ったころの筋肉、胸板とはほど遠い。それでもラドックは今が最高のシェイプと主張する。

そして今、彼には強力な側近がいる。現在の妻、20歳のトリチャ・アンネがラドックのボクシングの復帰を心から喜んでいる。

ラドック
「私は多くの間違いを犯しました。全ての過ちを経て、自分の道を通り抜け、今ようやく正しい道にたどり着きました。それが私の生き方なのです。」

ラドックはカーマン戦のビデオをスローモーションで再生しながら記者にアピールする。

ラドック
「みてください。頭の後ろ、首を殴られた。それ以外の方法で私を打ち負かすことはできない。カーマンのタイトルは剥奪されるべきだ。ボクシングを辞めてMMAにでも行け。それが彼にお似合いだ。」

オンタリオ州のボクシング当局は抗議を真摯に受け入れ、後頭部や首への打撃を認めたが、結果を覆すほどの「十分な証拠」には欠けるという結論を下した。ラドックはコミッショナー宣言を強制するよう裁判官を説得する必要がある。これはカーマンの王座を剥奪するよりも困難なことだ。

ラドックは笑顔でインタビューに答えた。結果が変わらず、次の試合の予定さえなくても、トレーニングを愛し、ボクシングを続けることを誓った。

彼には揺るぎなき計画があるのだ。

ラドック
「今、私には計画があります。でもまずはこの問題が本筋から外れないよう、クリアにせねばならないね。」

40勝30KO6敗

https://www.youtube.com/watch?v=Isrn-72dZIw

先日、デオンティ・ワイルダーVSタイソン・フューリーのセレモニーで、ルイス、ホリフィールド、タイソンがリングインし盛大な歓声を受けていた。そこにもう一人、相応しい男がいるとすれば ドノバン(レーザー)ラドックだろう。

当時、彼が一番怖かった。強靭な体格とチリチリの胸毛、「スマッシュ」と言われたアッパーは一撃必殺、まさにレーザーのごときだった。

しかし彼には舞台に立つ資格がない。
世界王者には遂に一度もなれなかった。

その後のラドックの一幕でしたが、やはり計画中止の敗北以来、試合をしていない。しかし当時のレジェンドの中では今一番健康そうなのであった。

兄弟やドン・キングとの金銭闘争
「The Boxer Compacter」という名の家庭用ゴミ箱
ナイトクラブ「レーザー宮殿」の破綻
自己破産、暴力裁判
結婚、離婚、20歳の妻・・・・・

全てが漫画のごときお決まりの展開だが、これがボクシング、人生の縮図だ。

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