ライト級の怪物/(シュガー)シェーン・モズリー

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モズリーを総括するような記事を期待していたら御免なさい。ほんの一面にしか触れていません。

モズリーには「Best I Faced」もあるけれど、それはいつかにとっておこう。私が好きなシェーン・モズリーとは少し時代が違うから。デラホーヤやフェルナンド・バルガスに勝ち、大きなスーパースターにさえ、速いし強いしおまけに鉄のアゴと賞賛された(シュガー)だが、私にとってのモズリーはライト級の無双の帝王時代を示す。

過去10年間(シュガー)シェーン・モズリーはボクシングファンの誰もが知る存在だ。ウェルター級とスーパーウェルター級で数々のビッグネームと拳を交えてきた。2000年6月に「ゴールデンボーイ」オスカー・デラホーヤを破ることによって名声を確立した。しかし多くの人は、モズリーが、それ以前に築いたキャリアを忘れている。

10人のボクシングファンのうち、恐らく7人はモズリーの事をデラホーヤに勝った男だと言うだろう。

1997年から1999年にかけて、シェーン・モズリーは絶対的なライト級王者として君臨しHBOのボクシングアフターダークの常連だった。

シェーンの物語を伝えるには最初から始めなければいけない。
モズリーはアメリカのアマチュアエリートとして、デラホーヤ、ラファエル・ルエラス、スティーブ・ジョンソトンら未来の世界王者に勝ち、その過程で多くのタイトルを獲得した。アマチュア記録は230勝12敗で、1992年のオリンピック代表候補だったが、未来のライバルとなるバーノン・フォレストに敗れた。

1993年プロに転向したモズリーは4年間で23勝22KOを記録、父親兼トレーナーのジャック・モズリーは息子のスタイルを「パワーボクシング」と呼んだ。この時期にモズリーは当然の報いを受けることができなかった。

アマチュア時代に勝っていたオスカー・デラホーヤは五輪で金メダルを獲得し、プロでは4つの世界タイトルを獲得、100万ドルファイターとなっていた。同じくアマチュア時代のライバルのスティーブ・ジョンストンはライト級の世界王者になった。タイトルショットに飢えたシェーンは遂にタフで無敗のチャンピオン、フィリップ・ホリデーへの挑戦が叶った。

97年2月8日、コネチカット州アンカスビルで行われた試合はモズリーが王者をアウトボックスし判定勝利。ついに世界王者になったが、試合中に下痢になりパフォーマンスが最悪だったと後に語っている。

https://www.youtube.com/watch?v=1iNQOj5Qt58

多くのファン、評論家は未だシェーン・モズリーに懐疑的だったが、ただちに彼らが間違っている事を証明した。挑戦者を次々に倒し防衛を続け、元3度の世界王者、ジョン・ジョン・モリナ戦ではハイレベルな攻防の果て8ラウンドでストップ。8度の防衛を全て圧倒的なノックアウトで決めた。

この時期、アマチュア時代のライバルであるスティーブ・ジョンソトンや対抗王者のセサール・バサン、アルツロ・ガッティに2度勝っているイバン・ロビンソンなどと統一戦、ビッグマッチを画策していたが、彼らは結局モズリーを避け、ジョンストンはバサンを、ロビンソンはエンジェル・マンフレディを選んだ。

悲嘆にくれたもモズリーは無名で手ごわいジョン・ブラウンを相手に防衛戦を行った。ブラウンは19勝5敗と戦績は悪いがとても粘り強いタフなファイトで有名だった。ブラウンの小柄な体格に手こずったモズリーだが、一方的に傷つけ、8回TKOでレフリーが試合を止めた。

モズリーのライト級時代の最終戦績は32勝30KO無敗というものだった。

ビッグマッチを求めたモズリーはライト級に見切りをつけ、ウェルター級、スーパーウェルター級に進出、オスカー・デラホーヤ、カネロ、バーノン・フォレスト、ウィンキー・ライト、フェルナンド・バルガス、ミゲル・コット、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオら、ベストと言われる選手達と交わりながら、100万ドルの給料日を得た。

それらの過程で、時に勝ち、時に負け、数々のドラマチックなファイトを演じた。多くのファンは2000年から今までのモズリーのキャリアを覚えているだけで、ライト級王者としての信じられないほどの統治を忘れている。

シェーン・モズリーの最大の給料日はウェルター級とスーパーウェルター級だった。
しかし彼の最高の日は間違いなく135ポンドのライト級だ。

忘れられたキャリアにほろ苦い気持ちを抱きながら、彼の支配の日々を振り返ろう。

バーノン・フォレストに敗れるまで38連勝を記録したモズリー。
ウェルター級、スーパーウェルター級に階級を上げることで多くのお金を手にしたがそれと引き換えに失ったものもあった。

ライト級時代のモズリーこそ無敵の怪物で、一体この超速射砲ゴリラに誰が敵うのかという無双感があった。

この頃のモズリーには、私が好きな獣のごとき怖さがあった。
階級を上げたモズリーは笑顔の優しいキュートな紳士に変わった。

私は密かにライト級時代にオルズベック・ナザロフとの試合を妄想していたが当然叶うことはなかった。

(シュガー)シェーン・モズリー、3階級を制した、殿堂入り確実の偉大なファイターだが、別の偉大な金字塔も築けたはずの男だった。

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6 COMMENTS

アバター匿名

ドーピングのことには触れないのですか?貴方が毛嫌いするネリよりよっぽどタチが悪いと思うのですが

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アバター鯨木

身長体格的にもウェルターが大きすぎたという事は無いと思う単に相手がビックネームになっていった気がする。

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アバターKOKO

ライト級時代は減量が限界に来ていたみたいですね、当時のインタビューで本人が言ってました。普段の体重がミドル級超ですから、ウェルター級は適正階級だったと思います。
しかしライト級時代の圧倒的な強さは、まさに減量でうまく階級を下げれば、体格的に有利に働くという、階級制度の利点を十分に発揮していた典型的な例のように思います。もちろん、肉体的に有利な面だけではなく、彼のスキルがあってのものではありますが……

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アバターステップ

振返ればスーパーライト級を飛ばしていますもんね。ウェルター級がお金になるからだったのか、コンスタンチン・ジューみたいのを飛ばしたのか・・・今のウェルター級やスーパーウェルター級と比較するとやはり少し小さい気がします。

返信する
アバター匿名

ライト級とウェルター級は日本人にとって身近さが一気に無くなる境界線だと思います。
畑山と少し時代がずれるぐらいですが戦うのはちょっと考えられないですよね。

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