彼の感覚(センス)は相手を解剖し、滑らかで破壊的な拳は相手を倒壊することができた。アントニオ・エスパラゴサは、アレクシス・アルゲリョのシルキーバージョンのようだった。
1986年から1990年の間、フェザー級は注目すべき才能の宝庫だった。
ガーナ出身のアズマー・ネルソンは天才的なボクサーパンチャーで、最終的には1階級上のスーパーフェザー級でひとつの時代を作った。メキシコの伝説、サルバドール・サンチェス、プエルトリコのウィルフレド・ゴメス、オーストラリアのジェフ・フェネック。さらにはメキシコの派手なホルヘ・パエス、英国のポール・ホドキンソン、さらにはバリー・マクギガンを征服したスティーブ・クルスもこの時代のある時点までは注目のファイターだった。さらにフィリピンのルイシト・エスピノサやメキシコのマルコス・ビジャサナも常にトップシーンの位置を占めていた。1959年、ベネズエラの賑やかな港町、クマナで生まれたアントニオ・エスパラゴサ・ベタンクールは、母国ではじめてオリンピックで金メダルを獲得した「モロチト」ロドリゲスのサクセスストーリーに触発され、9歳でボクシンググローブを身に着けた。
優秀なアマチュアとなった彼は3度国内王者となり、1980年のモスクワオリンピックに出場した。五輪ではピート・ハンロンというアグレッシブなイギリスのボクサーに4-1で敗れ初戦敗退した。
プロに転向したエスパラゴサは順調に4連勝、しかし5戦目でエンジェル・トーレスという名前のファイターにストップ負けを喫した。当時の記録はあいまいで実際何が起きたのかはわからない。しかし9戦目であっさりとリベンジを果たしている。その後、後の世界王者、ベルナルド・ピニャンゴと引き分けたりしながら連勝を続け強豪のジョニー・デラ・ローサを3回TKOで破りついに世界挑戦にたどり着いた。
時の王者、「スーパーキッド」スティーブ・クルスはアメリカのテキサス州でジュニアオリンピックやゴールデングローブを制したトップアマチュア出身で、バリー・マクギガンを下した注目の星だった。1987年3月6日、テキサス州フォートワースのウィル・ロジャース・コロシアムで行われたこの試合はスティーブ・クルスに大きな期待が寄せられていたが、謎のベネズエラ人は想像よりはるかに強かった。
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クマナの戦士(エスパラゴサ)は正確なジャブと機械的な動きで攻防の切り替えが巧みだった。終始エスパラゴサの残忍かつ正確な攻撃が上回り、最終12回にクルスは左フックを受けてダウン、再開もエスパラゴサの容赦なき猛攻を受けてレフリーがストップするのと同時に再び倒れた。エスパラゴサは衝撃的なノックアウト勝利でフェザー級の王座を継承した。
強豪のマルコス・ビジャサナ(49勝43KO)との苦闘のドローを含め、ホセ・マルモレージョ、杉谷満、ジャン・マルク・ルナール、エドィアルド・モントーヤなど、5か国に渡り、7度防衛(5KO)、その高度なテクニックと高いKO率でリングマガジンのP4Pで4位にも選出された。
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しかしエスパラゴサの統治は、朴永均(パク・ヨンギュン)という韓国の無名のボリュームパンチャーに突如断たれた。朴永均は猪突猛進スタイルでエスパラゴサの4年の統治を終わらせた。エスパラゴサは朴のアタックに手を焼きペースを保つことができず、ユナニマスの判定で王座を奪われた。
31歳になったエスパラゴサは引退を決意、「虎の怒り」を失ったと語った。その後、祖国ベネズエラで法律の学位を取得し弁護士になった。現在彼は政治に携わりながら、若者にボクシングを教えている。
アントニオ・エスパラゴサが示したボクシングは高度で美しく、このスポーツのあらゆる側面を熟知しているかのようだった。彼の感覚(センス)は相手を解剖し、滑らかで破壊的な拳は相手を倒壊することができた。
アントニオ・エスパラゴサは、アレクシス・アルゲリョのシルキーバージョンのようだった。彼のファイトはいつみても美しい。
30勝27KO2敗4分
WBAフェザー級王者(防衛7か8)
記憶が定かではないが、リアルタイムで杉谷満との試合、朴永均との試合を観た。
ほぼ無敗で高いKO率で、この頃の王者は雲の上の存在だった。
しかしその高いKO率に反して、気持ちの弱さや消極性なども感じ、国民性の違いなのかと疑問におもったものだ。それでも身体の作りが違い、エスパラゴサの体は柔軟でパンチはしなるように深く、長く、天に轟いた。
泥沼ファイターの朴永均の突貫ファイトに屈しただけで引退してしまったが、より多くのチャンスやライバルに恵まれていたら、ロードウォリアーとしてのボクシングキャリアだけでなく、本場でビッグマッチを勝ち抜いていけるほどの才能だったのではないだろうか。
プロ生活10年、あっさり消えてしまう天才もいる。運や巡りあわせだけで、その中には伝説級の男もいたりする。