魔法が解けるまで/The Beast (野獣)ジョン・ムガビ
MAY 1986: Ring Magazine Cover - Marvin Hagler and John Mugabi on the cover. (Photo by: The Ring Magazine/Getty Images)

ウガンダの独裁者、イディ・アミンは身長193センチの巨漢で東アフリカのボクシングヘビー級王者だった。岡村孝子の「あみん」は巡り巡ってこの「食人大統領」といわれたアミンから名付けられたものだ。

ボクシング界では、アミンよりもムガビが怖かった。25戦全KO。伝説のマービン・ハグラーが引き受けるまで誰もムガビに指一本触れようとしなかった。

ジョン・ムガビは1980年代最もエキサイティングなファイターの一人だった。オールアクションのノックアウトパンチャー、骨をも砕く恐怖のパワーで知られていた。

ムガビ
「私はノックアウトファイターです。みんなにそうおもわれていたし自分もそれが好きでした。」

1960年、ウガンダの首都カンパラで生まれた。独裁者のイディ・アミンが1971年に政権を掌握して以来、人生は困難を極めた。

16歳の時、世界ジュニア選手権決勝でヘロール・グラハムに敗れ銀メダルを獲得した。2年後のモスクワオリンピックでは4人のうち3人をノックアウトして決勝に進んだ。決勝では4年前にシュガー・レイ・レナードに負けて銀メダルをとったキューバのアンドレス・アルダマに敗れた。

すぐにプロに転向したムガビは当時力のあったプロモータ兼マネージャーのミッキー・ダフと契約した。この英国人は(ビースト)ムガビをスーパーウェルター級とミドル級で売り出した。ムガビは対戦者全員を残忍にノックアウトしていった。

ドイツ、アメリカ、イギリス、ザンビア、ベネズエラなど様々な国でキャリア豊富なベテランを撃破していった。

https://www.youtube.com/watch?v=4MtSqEO45zs

https://www.youtube.com/watch?v=zFVnG8ms220

https://www.youtube.com/watch?v=yMZXQDDsADc

1985年11月、WBCスーパーウェルター級タイトルマッチでトーマス・ハーンズとの試合が決まったが、ハーンズがミドル級でマービン・ハグラーとスーパーファイトをすることになり、チャンスを逃した。

当時のムガビは25勝25KOというパーフェクトレコードで17KOが3ラウンド以内という恐怖のパンチャーとして恐れられていた。結局ムガビはハーンズVSハグラーの勝者待ちの状態になった。

1986年3月10日、念願の世界初挑戦。
ハーンズをノックアウトしたWBA・WBC・IBF世界ミドル級王者マービン・ハグラーと対戦し初黒星となる11回1分29秒KO負けを喫し王座獲得に失敗。当時のハグラーは61勝2敗、絶対的なミドル級の帝王だった。

https://www.youtube.com/watch?v=G9GHqkinLsA

多くのマニアは、この試合で苦戦し消耗したハグラーの姿をみたからこそ、シュガー・レイ・レナードは次にハグラーと戦う決心をしたのだと信じている。(実際、次にハグラーはレナードと戦い、不運な敗北で引退した)

キャリア最高の75万ドルを稼いだムガビだったが、パーフェクトレコードが途切れ大きな後退となった。無敵でオールノックアウト、恐怖のアフリカンというオーラを失った。ウガンダのハードパンチャーはエマニュエル・スチュワードの門下生、デュアン・トーマスとスーパーウェルター級世界戦のチャンスを得たが、3回にトーマスの親指が目に入り、棄権負けを喫した。皮肉なことに、試合前、ムガビは親指の部分をグローブに縫い付けることに反対していた。その親指が目に入った。

魔法が解けたムガビは1年以上のブランクを作り復帰。8連続ノックアウトで再びKOの山を築いた。

1989年7月8日、WBC世界スーパーウェルター級王者ルネ・ジャコーと対戦し初回2分53秒TKO勝ちを収め3度目の挑戦で念願の王座獲得に成功。

しかしノンタイトルを挟んだ初防衛戦で、テリー・ノリスに初回ノックアウトで敗れ王座から陥落。

アル・シーガーに続いて、ジョン・ムガビは初回KOで世界を獲得し、初回KOで陥落した2人目の記録保持者となった。2試合のチューンナップを挟んで、今度はWBOミドル級王者のジェラルド・マクラレンに挑戦するも、若く大きな王者に歯が立たず、初回に3度倒されてノックアウト負け。引退を表明、オーストラリアに移住した。

https://www.youtube.com/watch?v=IWsOTKd86xM

ファイト以外の人生を知らないムガビは、5年の歳月を経て復帰、オーストラリアスーパーミドル級王座を獲得するも、かつての輝きは既になく、数戦の勝ち負けを経て、最後はロイ・ジョーンズJrの犠牲者の一人であるグレン・ケリーに敗れ、2度目の引退表明をした。

現在59歳になるムガビはオーストラリアのブリスベンに住み、離婚しているが5人の子供がいる。

50戦42勝39KO7敗1分

ライバルについて

ベストジャブ マービン・ハグラー

サウスポーだったのでジャブが特に効果的でした。力強く正確で破壊的なパワーのあるジャブでした。ハグラーのジャブは地獄でした。

ベストディフェンス ジェームス・グリーン

キャリア初期の試練といえる相手でした。インサイドワークが上手くてジョー・フレイジャーのようでした。序盤にダウンを奪われましたがゴングに救われ10回で逆転ノックアウトしました。彼のディフェンスはケージのように固く接近戦でのショートパンチが上手い強敵でした。

ベストチン ハグラー

6ラウンドに完璧なアッパーを当てた。私はノックアウトパンチャーです。他の相手ならみな倒れていたはずのパンチだったが、彼は揺れることもなかった。

ハンドスピード グリーン

彼のパンチは速くて手数も多く、序盤それに巻き込まれてダウンしました。

フットワーク カーティス・パーカー

彼を殴るために追いかけまわす必要がありました。フィラデルフィアのとても速くて才能豊かな選手でした。

スマート ハグラー

マービンは初回を落としてスタイルを変えた。サウスポーからオーソドックスに変えてきた。だから私もサウスポースタイルに変えたのが間違いだった。私がノックアウトされてしまいました。あの試合で地獄をみたマービンは再戦を決して受け入れてくれませんでした。

屈強 ジェラルド・マクラレン

クロンクジムのファイターで私にタイトルマッチのチャンスをくれた。しかし初回ノックアウトされてしまいました。当時既にボクシングへの情熱を失っていました。お金のためだけでした。

ベストパンチャー マクラレン

よくトレーニングされた右で倒されました。あのパンチはノックアウトの最高のレシピ(お手本)です。

ベストスキル ハグラー

経験値、才能、タフネス、最高のスキルセットを証明し続けた。世界王者になる前から長きに渡りハグラーの時代だったのでしょう。

総合 ハグラー

私にはハグラーの経験値は重すぎました。彼はキャリアを通じてほとんど負けていない。

リアルタイムで観たボクサーではないが、何の知識もなくムガビVSハグラーを観て、なんじゃこのおっさんたちはと驚愕のカタルシスを味わった。そして若干ではあるが、スキンヘッドで髭のサウスポー(ハグラー)よりも謎の黒人(ムガビ)の方がパワフルでちょっと優勢のようにもみえた。

ボクシングのダイナミズム、全てが備わっているようなこの偉大な試合は徐々に隙がなく頑丈なハグラーが掌握し11回に劇的な幕切れとなった。

もうこの試合だけで十分じゃんといえるほどの屈強な男同士の重厚なファイトだった。

はじめての敗北、パーフェクトレコードが途絶えてThe Beast (野獣)の魔法は解けてしまった。ハードパンチャーは打たれ弱いというパターンがボクシングにはよくあるが、ハグラーに敗れるまで、ムガビは決して打たれ弱い部類のファイターではなかった。しかしハグラーとのタフな試合を経て何かの糸が切れた。

勝つときも初回KO、負ける時も初回KOというガラスの強打者に変わってしまった。(負けた相手が極上のノックアウトアーティストなだけだが)

ハグラーがムガビを引き受けるまで誰もこの野獣と戦いたくなかっただろう。そんな野獣と魂の試合を勝ち抜いたハグラーは次戦でレナードに消化不良の勝ち逃げファイトをされてまさかの引退となった。勝者が敗者よりずっと早く引退。これもボクシングにはよくある事だ。ハグラーにとってはムガビ戦の方が100倍苦しく美しいファイトだったろう。

The Beast (野獣)ジョン・ムガビ
第24代WBC世界スーパーウェルター級王者 防衛は0

決してレジェンドに相応しい記録ではないが、誰もが忘れない、ウガンダからやってきたリングの独裁者だった。

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