ボクシングでお金が稼げることを知りませんでした。私はアマチュアボクシングで満足していました。トーナメントではお金はもらえませんが、メダル、トロフィー、賞状がもらえます。それで満足でした。プロになって初めて、ボクシングでお金が稼げると知りました。
2000年にモルティ・ムザラネが19歳でプロボクサーになった時、誰も彼のことなど気にもとめなかった。アマチュアボクシングの関係者、将来の世界王者を常に探している者でさえ、彼の名前を知らなかった。
でも、そんな彼らを責めることは出来ない。ムザラネは自己申告によると、アマチュアの戦績は35勝35敗だった。将来成功するような見通しはなかった。それでも、約20年の時を経てムザラネは人生で2度目の世界王者となり、12月には日本で元3階級制覇の八重樫東と3度目の防衛戦を行う予定だ。
アマチュアで平凡だったムザラネは一体どのようにして世界最高のファイターの一人になっていったのだろうか。
ムザラネは13歳でボクシングを始めた。兄弟やいとこたちと一緒に、故郷のクワズール・ナタール州で叔父にボクシングを教わった。すぐにアマチュアの試合に参加したが、将来のキャリアを築くためではなく、単に楽しむためだった。
その後、叔母が亡くなり、兄弟やいとこたちは皆プロボクサーになった。突然ムザラネをアマチュアボクシングの大会に連れていく人がいなくなり、彼は兄弟やいとこを追ってプロになった。
それまでムザラネは真剣にボクシングに取り組んでこなかった。全く練習しないでアマチュアの大会に出て、技術の習得に努めることもしなかった。しかしプロになったからには、ボクシングの成功が経済的な成功の道であると心を改め、真剣にトレーニングに取り組んだ。
ムザラネ
「ボクシングでお金が稼げることを知りませんでした。私はアマチュアボクシングで満足していました。トーナメントではお金はもらえませんが、メダル、トロフィー、賞状がもらえます。それで満足でした。プロになって初めて、ボクシングでお金が稼げると知りました。」ムザラネには天性の才能があった。プロとしてのキャリアはアマチュア時代とは違った。14勝8KOし、南アフリカフライ級タイトルでヌククベラ・ガワゼラに挑戦する機会を得た。
ムザラネにとって初めてのタイトル挑戦、初めての12回戦だったが終盤にストップされ初黒星。ムザラネはレフリーのストップに抗議した。しかしその後ヌククベラ・ガワゼラに薬物陽性反応が出てタイトルは剥奪、ムザラネが決定戦に出ることになった。
アクホナ・アリヴァをノックアウトして国内タイトルを獲得したムザラネは5度の防衛に成功。
https://www.youtube.com/watch?v=1EMhjWLJ0I4
時の世界王者、当時人気と勢いのあった世界王者ノニト・ドネアへの挑戦権を獲得した。ムザラネにとって初めて南アフリカを離れて戦う試合だった。戦いの震源地はラスベガスだった。
ムザラネのキャリアにとってそれは一瞬の出来事だった。南アフリカのファイターにとってこのようなチャンスは生涯に一度あるかないかであることが多く、ボクシング最大のステージで輝きを放ち、自分自身を世界に証明する最初で最後の機会だった。
ムザラネには覚悟と準備が出来ていた。
ドネアは序盤からとばしてきた。結局、彼のニックネームは「フィリピーノフラッシュ」だ。しかし序盤の数ラウンドを終えてムザラネはドネアの距離とタイミングを掴んでいた。これから反撃を開始するところだった。
6回、ドネアのパンチでムザラネの瞼の下がカット、傷は深くリングドクターによって試合はストップされた。負傷判定でドネアの手が上がり、ムザラネは心を痛めた。
ムザラネ
「試合に負けて私の心は壊れました。私にとってはいいペースでした。リズムを取り始めていた。もしカットでストップにならなければ私は勝ったと信じています。」その後、4階級で世界王者になり、将来の殿堂入りを確実にしたドネアは、試合後ムザラネの元に歩み寄った。
ドネア
「あなたは世界王者になります。私が保証します。」消化不良の負傷判定となり、IBFは両者に再戦指令を出したが、ドネアは階級を上げ王座を返上、ムザラネは空位の王座をメキシコのフリオ・セサール・ミランダと争い、議論の余地なく勝利し王者に輝いた。
アマチュアで半分しか勝てなかった南アフリカのボクサーは世界タイトルを獲得した。
アマチュア
35勝35敗プロ
38勝25KO2敗南アフリカフライ級王座
WBCインターナショナルフライ級王座
IBF世界フライ級王座(第1期:防衛4度=返上、第2期:防衛2度)
IBO世界フライ級王座
12月に同級生対決で八重樫東の挑戦を受けるムザラネはボクシングの政治、ファイトマネーの問題で4年ほどの空白があるが、再び王座に返り咲き3度目の防衛戦となる。37歳、防衛戦の相手は皆日本人だ。
南アフリカタイトルで11回TKO負けも相手に薬物反応
若きノニト・ドネアに敗れるも消化不良の負傷判定
その他に負けはなく、かなり堅実で勝率の高い王者といえる。
海老原博幸氏の言う、「世界チャンピオンになるような選手は普段負けない」、世界戦以外は61勝(32KO)1敗の彼の言葉を地でいくファイターだ。今月WBOバンタム級王座の統一戦をするゾラニ・テテ、ジョンリエル・カシメロの両者に勝っているのも奥が深い。
そんな男がアマチュアでは35勝35敗だったというのが面白い。
八重樫もムザラネも、キャリア終盤だが、どちらの牙城が高いだろう。
そしてドネアは優しい。
老練者(ふるつわもの)/モルティ・ムザラネVS八重樫東
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