禁じられた黄金/リッチー・サンドバル

「黄金のバンタム」はエデル・ジョフレに与えられた称号だが、時代、主観によってファンそれぞれの「黄金のバンタム」がいる。ルーベン・オリバレス、カルロス・サラテ、ジェフ・チャンドラー、オーランド・カニザレス・・・
日本人にとっては長谷川穂積や山中慎介の防衛回数も誇らしい。今「黄金のバンタム」に最も相応しい超新星は井上尚弥で決まりだがもう一人、忘れられたレジェンドがいることをご存知だろうか。

南カリフォルニアはボクシングではあまり有名な土地ではないが、カリフォルニア州パモナは(シュガー)シェーン・モズリーの故郷として知られている。

しかし、モズリー以前にパモナにはエキサイティングでカリスマ性のある世界王者がいた。元バンタム級世界王者、リッチー・サンドバルだ。

サンドバルは1980年代にファンを熱狂させた、アクション満載で人々に愛されたボクサーパンチャーだった。サンドバルの体にはボクシングの血が流れていた。兄のアルベルトは1970年代に世界を目指したバンタム級のトップランカーだ。

リッチーは傑出したアマチュアで、ナショナルゴールデングローブを含む数々の国内タイトルを獲得した。1980年のオリンピック米国代表にも選ばれたが、モスクワ五輪ボイコットのため出場できなかった。

サンドバルにとってはショッキングな出来事で、これがサンドバルの出世を奪った、遅らせたという人も多い。

オリンピックの失望を克服し1980年11月にプロに転向したサンドバルはデビューから10連続ノックアウトで旋風を巻き起こした。1983年までに22勝16KOを記録しファンやメディアの期待値も増していった。当時のボクシングアナリスト、アルバート・スタインやギル・クランシーはサンドバルを非常に高く評価した。

1984年4月7日、WBA世界バンタム級タイトルマッチで経験豊富な名王者ジェフ・チャンドラーに挑む。チャンドラーはそれまで10度の防衛に成功しており、防衛記録に挑む絶対王者だった。しかしサンドバルには王者とは別の計画があった。

初回から積極的に仕掛けたサンドバルはタイミングをずらした右でチャンドラーを捉えいきなり効かせる。ジャブを効果的に使って試合のペースを掌握し上下に上手くコンビネーションを打ち分けた。チャンドラーの攻撃はダッキングで上手くスリップさせた。

https://www.youtube.com/watch?v=BUPiLjcYyGg

11回にチャンドラーからダウンを奪い、15回ストップ勝ち、それは大アップセットといえる勝利だった。サンドバルは初めての挑戦で大物王者を下して新王者になった。

その後2度の防衛に成功するも、バンタム級の減量が限界にきており、翌年はフェザー級でノンタイトルを4試合行い全て勝利した。しかしWBAは防衛戦をしないとサンドバルのタイトルを剥奪すると指令、サンドバルは過酷な減量で防衛戦の指示にしたがった。相手はギャビー・カニザレスだった。

1986年、3月10日、ラスベガスのシーザーズパレスの野外アリーナで行われたこの試合は寒い雨の夜だった。トーマス・ハーンズVSジェームス・シュラー、マービン・ハグラーVSジョン・ムガビをメインにしたカードのアンダーで行われた。

https://www.youtube.com/watch?v=D1nNR4n0NeE

3日間で12ポンドの減量に苦しんだサンドバルのコンディションは最悪だった。脱水状態でひどく弱っていた。いつもはフットワークを駆使するサンドバルがこの日はカニザレスと足を止めて打ち合いに終始した。初回からダウンを喫する大苦戦でセコンドは足を使えと指示するもサンドバルの脚は動かなかった。7回、5度目のダウンでレフリーが試合をとめ、王座陥落、キャリア初黒星、試合後意識を失ったサンドバルは心肺停止状態となった。ただちに病院に搬送され、脳手術が行われた。数日間の危篤状態から目覚めたサンドバルは奇跡的に一命をとりとめるもボクシングのキャリアは突如終わりを遂げた。

29勝17KO1敗

サンドバルは優れたポテンシャルと未来を約束された際立ったファイターだった。始まったばかりの彼のキャリアは音を立てて途絶えた。

もしカニザレスとの防衛戦を諦めタイトルを返上し階級を上げていればどんな未来が待っていただろう。現在多くみられるような複数階級を制覇する王者になっただろうか。

サンドバルは最悪の「もしも」になってしまった。偉大な未来を突然奪われた悲劇のベストファイターだった。

この時代になると全く観戦した記憶はない。かすかに触れることができた年代だがそんな映像にはお目にかかれない時代だった。ふと記事をみかけ読んでみると、無敗の将来有望なバンタムであった。

数々のレジェンドシリーズを残してよかったなとおもうのは、選手のキャリアを俯瞰してみれること。栄光の真っただ中にいても一寸先は闇、様々な形で突如キャリアの終焉を迎えることのなんと多いことか・・・

だから、未来ではなく今を大事に真剣に見届けねばならない。
サンドバルが教えてくれるのは無茶な減量は避けるべきであること。

振り返ると井上と戦ったマクドネルは誰がみてもひどい減量のあとがみえる状態だった。井上だから初回瞬殺で事故にならなかったのではないだろうか、あれが中途半端な打ち合いの果ての激闘になっていたら危ないコンデションにみえた。

ボクサーにとって一番の敵は自分自身なのだ。いつも最良のコンディションを作ることが一番難しい。それを徹底することが今の井上尚弥に一番期待することだ。

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