スラムに咲いた誇り/Manos De Piedra(石の拳)ロベルト・デュラン

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俺がレナードに言わなければならないのは、俺に負けてからレナードがカムバックしどんなファイターになったかという事だ。負けを取り戻すのはとても難しいけど、彼はそれをやり遂げた。

ロベルト・デュランについて書けるだけでも大変光栄なことだ。

デュランは既に殿堂入りのライト級世界王者であり4階級制覇王者だ。ただ記録を残しただけではなく、ベストと何度も直面し最上級の猛烈な死闘を演じてファンを興奮の虜にした。

「石の拳(コブシ) Manos De Piedra, Hands of Stone 」と呼ばれるデュランは1972年にWBAライト級タイトルを、殿堂入りのケン・ブキャナンから13回KOで奪取、12回の防衛に成功し1978年、過去にはじめて土をつけられたエステバン・デヘススを12回ノックアウトしライト級を統一した。

https://www.youtube.com/watch?v=MlD9UjDa9uM

1980年、2階級上のWBC世界ウェルター級王者シュガー・レイ・レナードに挑戦、レナードのスピードが勝ると予想されていたが、天性のボクシングセンスを発揮。2回に右クロスを決めてレナードをぐらつかせ、その後もロープに詰めて接近戦を挑む。レナードの速いパンチにも機敏に反応し15回を戦いきった。そして僅差ながら予想外の判定勝ちを収め、見事2階級制覇を達成する。この勝利に母国パナマは大熱狂。時の大統領専用機で帰国すると、この日を「デュランの日」という祝日に制定される騒ぎとなった。(その後、廃止されている)

ジュニアミドル級、ミドル級でもタイトルを獲得し、レナード、ハーンズ、ハグラーと並んで四天王として忘れえぬ数々の死闘を繰り広げた。

33年間ものキャリアで103勝70KO16敗という記録を残して引退した。

生きる伝説と化したデュランは今も現役時代同様に尊敬されており、これから試合を控える現役のファイターよりも大きなスタンディングオベーションでファンに歓迎されることも多い。引退後の健康状態は不安定だが、67歳となった今でも精力的に活動している。

母国パナマではデュランの石像が建てられたほどで、国民の暖かさを誇りに感じている。地元の人々を支援したり、その功績からパナマのスラムから生まれ、大統領になってもおかしくないほどの人物となった。

デュランの功績を称えて「Hands of Stone」というタイトルの映画も公開された。

デュラン
「私の人生が映画化されるなんて光栄です。しばらく表に出ていないので映画が公開されたら忙しくなるね。」

デュランに拳を交えた男たちについて聞いた。

ベストスキル ケン・ブキャナン

ライト級時代のベストだ。戦術的なスキルが素晴らしかった。とてもインテリジェントでそんなに強くないのに、彼に打ち勝つのはとても難しかった。レナードの方が速いし強いけど、ブキャナンの方がすごいテクニシャンだった。

ベストジャブ ケン・ブキャナン

彼は背が高くて、フットワークも多彩で動きながら打つジャブに対処するのが大変だった。

ベストディフェンス ケン・ブキャナン

彼にクリーンヒットを当てるのは難しかった。私は若く、経験不足だったけど彼は長い間世界王者に君臨していた。ウィルフレド・ベニテスやレナードだと言って欲しいだろうが、きちんと再戦してないからね。デビー・ムーアがベニテスを簡単にノックアウトしたから比較にならないよ。ブキャナンこそ最高峰で、俺はたくさん空振りしたよ。

ベストチン マービン・ハグラー

たくさん殴ったけど彼は頑丈で攻め続けてきた。俺が戦ってきた相手の中ではハグラーは熟練しているとはおもわなかったけど、頑丈で過酷な相手だった。

ベストパンチャー エステバン・デヘスス

デヘススこそ俺が負けた最初の相手で再戦でも俺は倒された。ハーンズに倒された時は減量苦で脱水状態だったんだ。ひどいKO負けだったが再戦したらもっとできたとおもう。親友のハグラーはハーンズが俺を倒したのは俺のコンディションに問題があったからだと言ってくれたよ。

https://www.youtube.com/watch?v=DaESioM03g4

ハンドスピード シュガー・レイ・レナード

俺が戦った相手の中ではもっとも速い男だったけど初戦では全てみえていたよ。

フットワーク ケン・ブキャナン

ライト級では驚異的なフットワークの使い手だった。当時は15ラウンド制だったけどブキャナンはアウトボクシングで勝ってきた。いつも動き続けてついに彼を捕まえたけど、彼への勝利は大きな意味があった。

インテリジェンス シュガー・レイ・レナード

誰と順位をつけるのは難しいけどレナードは試合中に調整する能力に長けていた。

ストロング マービン・ハグラー

接戦だったけどとても疲れたよ。ミドル級を作ったけどハグラーは大きく、特に体内に宿る体力、パワーが凄かった。計量後に大きく体重を戻したんじゃないかな。それでもハグラーは俺を倒すことはできなかった。判定しか道はなかった。ファンはよくやったと言ってくれた。ハグラーはレナードやハーンズからずっと避けられていたからファイトマネーがよかったんだ。

総合 シュガー・レイ・レナード

俺がレナードに言わなければならないのは、俺に負けてからレナードがカムバックしどんなファイターになったかという事だ。負けを取り戻すのはとても難しいけど、彼はそれをやり遂げた。

https://www.youtube.com/watch?v=lSHlCYw5L_4

デュランの記事にしていくらでも書けることがありそうですが、短くまとめられていました。

デュランも記事だけ読むと最強は最多出場のケン・ブキャナンになりそうなものだが、レナード。しかもその理由がとてもクールです。

敗北を糧に成し遂げた功績を称えての総合1位なのだろう。

以前みかけたフェルナンド・バルガスも、クオーティーやトリニダードが強かったと散々言いつつ、総合はデラホーヤになっていました。

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3 COMMENTS

アバターカリメロ

デュランの映画見ました。映画のクオリティでいえば、普通の作りでたいしたことないなと思った。しかしデュランが非常にプライドが高い人間だということをこの映画を通じて知ることができ、なぜレナード2戦目を諦めたのか少しは理解できました。有名なデュランですが試合は数試合しか見たことがないので、もっと見てみようと思います。

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アバターメヒコ

マノ・デ・ピエトラこと石の拳、ロベルト・デュランですか!懐かしいですね。やんちゃ坊主がそのままボクサーになったみたいで、強いチャンピオンでしたね。ガッツ石松さんは、もう少し練習すれば勝てたかもしれないと、小林さんは、本当に石で殴られたような痛いパンチだったと、ボクシング誌の記事で読んで記憶が甦りました。私自身は、漢、高田との異種格闘技の邪道ライブでしか観てませんが、こういった特集はボクシングファンにはたまらないです!ありがとうございました。管理人さんには是非とも私の好きなメキシカンボクサー特集もお願いしたいです。リカルド・ロペスにサルバトーレ・サンチェスをお頼み致します。

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アバター匿名

恐縮ながら、デュランと拳を
交わせたプロレスラーは船木誠勝で、高田が戦ったのはトレバー・バービックです。

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