南カリフォルニアの風/ラファエル・ルエラス/ガブリエル・ルエラス

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今日のボクシング界には兄弟のペアがよく見られる。スピンクス兄弟、ピーターソン兄弟、チャーロ兄弟、マグダレノ兄弟、そしてボクシング史上最も偉大なペアはクリチコ兄弟だろう。その背後に隠れて成功したペアにラファエルとガブリエル兄弟がいたのをご存知だろうか。

ラファエル・ルエラス

ラファエルは長身強打でプレッシャーの強いエキサイティングなファイターだった。メキシコのハリスコ州で生まれ、南カリフォルニアで育った。兄のガブリエルと共にキャンディーの宅配をしていたが。偶然グーセンジムを見つけボクシングを始めた。

偉大なトレーナー、ジョー・グーセンの指導の下、ラファエルは1989年にプロに転向27連勝21KOを記録した。

1991年7月、ジャーニーマンのマリオ・グティエレス相手に28戦目に苦い敗北を喫するも、その後再び12連勝し、時のIBF王者、フレディ・ペンドルトンとのタイトルマッチが実現した。1994年2月19日、スロースターターのラファエルは初回にいきなり2度のダウンを喫する。しかしそこから盛り返し、オールアクションの戦争に突入、王者にハードパンチの嵐をお見舞いした。ユナニマス判定でラファエルが逆転勝利し兄のガブリエルより先に念願の世界王者になった。

https://www.youtube.com/watch?v=6WBg63XJ8W0

7か月後、兄のガブリエルがジェシー・ジェイムス・レイハを破って世界王者になり、兄弟同時世界王者が誕生した。

ラファエルはビリー・ショワーを8回TKOで破り、WBOライト級王者のスーパースター、「ゴールデンボーイ」オスカー・デラホーヤとのビッグマッチが実現した。

1995年5月6日、ネバダ州ラスベガスのシーザーズパレスの屋外アリーナ。デラホーヤはスロースタートのラファエルの癖をつき序盤から強襲、2回左フックでダウンを奪う。リチャード・スティールが試合をストップするまでさらにもうひとつダウンを追加した。

デラホーヤ
「ラファエルを早くノックアウトする必要があった。そうでないと後半プレッシャーの強いラファエルの粘りに苦労しただろう。」

5か月後、ジョージ・スコットに判定負け、デラホーヤ戦に続き連敗とするも、再起に成功し、トーマス・バリエンテスを初回ノックアウト、元世界王者のリビングストン・ブランブルらを破り、1996年~98年にかけて6試合全てKO勝ちした。

1998年8月15日、タイトルエリミネーターで若き強打者、コンスタンチン・ジューと対戦し9回TKOで敗北。その後1度だけ戦ってグローブを吊るした。

生涯戦績53勝42KO4敗

現在は不動産仲介業をしている。

ルエラス兄弟の世界統治は短命に終わったが、ファンに多く語り継がれる素晴らしい試合、想い出を残した。間違いなく、成功した兄弟ボクサーの歴史の1ページに加わる爽やかな風となった。

ガブリエル・ルエラス

ガブリエル・ルエラスは1995年の春の夜、ある悲劇に襲われた。
これが彼のキャリアに永遠の影を落とした。

53勝3敗というアマチュアキャリアを残し1988年にプロ転向、21連勝12KOを記録した。22戦目のジェフ・フランクリン戦でクリンチ中に肘を負傷しTKO負けを喫した。怪我は深刻でその後1年間のブランクを余儀なくされた。

翌年リングに復活したガブリエルは12連勝を記録し1993年2月20日、伝説のスーパーフェザー級王者、アズマー・ネルソンと対戦。「プロフェッサー」ネルソン相手に懸命に戦い抜いたものの、僅差の判定で敗れた。

敗北を糧に6連勝全てノックアウトで、94年9月17日ラスベガスで時の王者ジェシー・ジェイムス・レイハと対戦、両者がダウンを奪い合うエキサイティングな試合は、ユナニマス判定でガブリエルが勝利、遂に世界王者に到達した。

95年5月6日、2度目の防衛戦でコロンビアの挑戦者、ジミー・ガルシアと戦い、11回TKOでタイトルを防衛。この試合は弟のラファエルとデラホーヤをフューチャーした巨大なペイパービューの共同開催だった。

酷く打ちのめされたジミー・ガルシアは病院に直行し脳出血により9日後帰らぬ人となった。

ガブリエルは対戦相手の死に心を痛め引退を決意する。
しかしフェイトマネーの一部をガルシア家に援助することを約束し現役続行。しかしもう彼は以前と同じではなかった。7か月後に過去に負けたアズマー・ネルソンと再戦するも5回TKOで完敗。タイトルを失った。

それでも3試合続け、97年10月4日に人気者のiBF王者アルツロ・ガッティに挑戦。初回から互いに猛烈にパンチを交換する壮絶な打撃戦となった。ガブリエルの闘志にガッティの膝が折れかかるも、最終的にはパワーとタフネスに勝る王者が5回に左フックを爆発させてダウンを奪取。立ち上がったガブリエルにレフリーは続行を許さなかった。

それはガブリエルによる執念の結晶であり、5ラウンドは1997年のリングマガジンのラウンドオブザイヤーに選ばれた。これがガブリエルの最後のタイトルマッチとなった。1998年から2003年まで現役を続け、5勝3敗という結果を残して引退。

生涯戦績49勝24KO7敗

95年5月6日の悲劇が生きなかったらガブリエルの未来は変わっていただろうか。しかし今となっては弟のラファエル同様、ファンに語り継がれる想い出を残した素晴らしいキャリアだった。

弟のラファエルが180センチのスーパーライト級
兄のガブリエルが170センチのフェザー級

両兄弟とも世界王者としては短命に終わったが、恐ろしい勝率とKO率で、別世界をみているような時代だった。あの頃スーパースターが入り交じり、彼らの踏み台となってしまったが、時代を盛り上げる貴重なハンサム兄弟だった。

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2 COMMENTS

アバターノブ

とても元気な選手だったガブリエルが、ガルシア戦後は伏し目がちになったのを見て、悲しい気持ちになった事を思い出します。

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アバターサラゴサ

カッコ良くてどっちも好きだった。イケメンでファイトする奴らで、めちゃくちゃ応援してた。長生きしてくれ。

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